エキスパートに学ぶ 第3回 酸化ストレス

第3回

酸化ストレス

活性酸素から
口の健康を守ろう

神奈川歯科大学大学院 歯学研究科 口腔科学講座

吉野文彦 准教授

がん治療による口内炎の予防に
抗酸化からのアプローチを

歯周病以外では、口内炎なども非常に多いと思いますが、活性酸素の影響があるのでしょうか?

吉野准教授

健康な方でも食事をすれば口の中の粘膜が傷つき、その傷に細菌が感染することが口内炎の主な原因になっています。そこにカゼをひいたり、疲れていたりして免疫力の低下が重なると口内炎ができやすいのは皆さん経験されていると思います。こういった日常的に起こる口内炎とは別に、活性酸素との関わりが如実に現れる口内炎があります。それはがん治療の副作用として現れるもので、抗がん剤及び放射線が影響しています。

がん治療と活性酸素にどのような繋がりがあるのでしょうか?

吉野准教授

抗がん剤はそもそもその作用メカニズムの一つとして活性酸素を出すことによって、がん細胞を叩くという働きがあります。しかし、薬の成分はがん細胞以外にも入り込んでしまいますから、正常な細胞も活性酸素によって壊されてしまいます。それが口の中では口内炎として現れるのです。一方、例えば舌がんや歯肉がんの治療で放射線を口腔に照射すると、その部分で放射線が水分と反応して活性酸素を生むといわれています。これが口腔の細胞を傷つけ、細菌が感染して口内炎を招くと考えられます。このように、がん治療の副作用では活性酸素が関わる重い口内炎がしばしば見られますので、それが発生してから対処するのではなく、がんの治療前にあらかじめ対策をとっておく、口内炎予防のために活性酸素を抑えるというアプローチが今後の課題ではないかと思います。私自身もこの点に着目して、抗酸化物質(ヘスペリジン)の投与による口内炎予防の研究に取り組み、動物モデルでは一定の効果を確認しています。

よく噛むこと。
それが活性酸素を減らす理由とは?

酸化ストレスを防ぐことが口腔の健康にとって大切であることがわかりましたが、そのために普段の生活の中でできることはありますか?

吉野准教授

酸化ストレスを抑えるには、できるだけ活性酸素を出さないようにすること、あるいはできてしまった活性酸素を消去する力を高めるという2つの側面で考えられるでしょう。まず、活性酸素の産生を抑えるにはどうすればよいか? そのキーワードが「虚血再灌流きょけつさいかんりゅう」です。たいへん難しそうな言葉ですが、これは一度止まった血流が再び流れる状態を意味します。例えば脳梗塞や心筋梗塞で血管に血栓ができると、その先には血液が流れないために酸素がとどかず、組織がダメージを受けますが、治療により血栓がとれれば再び血流が回復します。このような虚血再灌流で問題なのは一度滞った血液が再び流れてくると、そこに活性酸素が大量に発生し、ダメージを与えてしまうことなのです。

さて、この虚血再灌流は健康な人でも起きる可能性があります。その原因はストレス。私たちの体はストレスを感じると血管が収縮します。するとさきに述べた微小循環の細い血管では血流が滞り、その後リラックスした状態になれば血流が回復します。これも虚血再灌流であり、やはり活性酸素の発生に繋がってしまうと考えられます。ですから、ストレスを受けたり、開放されたりのくり返しは、活性酸素の発生を促してしまうので、これを避けることが大切だといえるでしょう。

しかし、ストレスのない生活を送るのはなかなか難しいですね。

吉野准教授

確かにそうですね。そこで、歯科医の立場からひとつお薦めしたいのは、“よく噛む”ということです。食事の時によく噛む、あるいは日常的にガムを噛む。この咀嚼という行為がストレスを緩和し血流を改善して、例えば脳内の活性酸素を低下させるという研究結果が私たちの研究も含めて報告されています。なぜ噛むことが効果的なのか、そのメカニズムは解明途上ですが、ひとつの根拠としては、ストレスがかかっている時には思わず歯をくいしばってしまうものです。すると歯の周辺では圧迫を受けて血流が悪くなり虚血再灌流が起こります。そこでリズミカルに噛むことによって、長時間のくいしばりを避け、虚血の状態を回避できるのではないかと考えられています。

噛むことが活性酸素の抑制につながるとは意外ですが、誰もがすぐに始められる習慣ですね。

吉野准教授

噛むことは他にも良い効果があります。人間の口には主に耳下腺、顎下腺、舌下腺という3つの唾液腺があって、そのうちの耳下腺は咀嚼の刺激によって唾液を出す働きがあります。噛むことで積極的に唾液を増やせば、昨今話題に上っているドライマウスにも効果的ですし、唾液が口の中を洗い流して、細菌やその毒素が血管に入り込むのを防ぐ作用も期待できます。さらに、唾液には緩衝能かんしょうのうという作用があって、これは虫歯の進行を抑える働きをします。虫歯は細菌の出す酸によって口腔のpHが下がり、歯が溶けることで進んでしまいますが、唾液は一度下がったpHを元にもどす作用である緩衝能によってそれを食い止めるのです。このように良く噛んで唾液を出すことは口腔の健康にとって非常に大切だといえます。