エキスパートに学ぶ 第15回 骨格筋と健康

第15回

骨格筋と健康

力を生み出し、健康を保つ、
骨格筋の多彩な働き

立命館大学 スポーツ健康科学部
教授

藤田聡 先生

【栄養摂取と筋肉】
特に気をつけたい、朝食のたんぱく質不足

筋量を増やすための栄養摂取についてですが、まずたんぱく質の摂り方について教えていただけますか?

藤田先生

これまでの研究では、筋量を増やすためのたんぱく質合成(筋たんぱく質の合成)を最大限に高めるには、体重1kg当たり0.24g、高齢者の場合は同0.4gを朝・昼・夕食のそれぞれの食事で摂ることが必要とされています。では実際にどれくらい摂れているかといえば、我々が大学生266名を対象にした調査では3食すべてで規定量を満たしていたのは全体の3割程度で、特に朝食でのたんぱく質不足が顕著という結果が見られました。

1日3食の各食事でたんぱく質を摂らなければならないのはなぜでしょうか?まとめてではいけないのですか?

藤田先生

これは筋たんぱく質の代謝、つまり合成と分解のサイクルに理由があります。筋量は、栄養摂取や運動などの「同化作用」(=筋量の増加)、と空腹時や疾患、ストレスなどの「異化作用」(=筋量の減少)のバランスによって一定に保たれています。筋たんぱく質の合成速度が分解速度を上回れば、同化作用による筋量の増加が可能になります。これを1日のサイクルで見ると、食事後1〜2時間でたんぱく質の合成速度が増加し、同化作用が働きます。一方空腹時には異化作用が進み、筋量の減少を起こします。食事によるこの変化は主に摂取したたんぱく質に伴うものですから、代謝のバランスを乱さないためには朝昼夕の各食事で必要な量のたんぱく質を摂る必要があるのです。

健常な成人における1日の筋たんぱく質の代謝

これまでの研究でも、3食の中でたんぱく質摂取が偏っていると、フレイル(加齢による心身の衰え)を発症する危険性が増すという指摘もありますので、年代にかかわらず各食事で十分なたんぱく質を摂ることが大切です。

動物性か?植物性か? 筋肉を考えたたんぱく質の摂り方

食事で摂るたんぱく質には動物性、植物性のものがありますがその違いによって筋肉の合成には差があるものでしょうか?

藤田先生

たんぱく質は20種類のアミノ酸からできていますが、食品に含まれるたんぱく質はそれぞれアミノ酸の比率が異なります。同じ10gのたんぱく質を含んでいても食材ごとに各アミノ酸の量が違う。20種類のアミノ酸のうち、人間が体内でつくることのできない「必須アミノ酸」が9種類ありますが、植物性と動物性を比べた場合、動物性たんぱく質の方が必須アミノ酸を多く含むことがわかっています。そして必須アミノ酸の一つにロイシンと呼ばれるものがあり、この量が多いほど、前述した筋たんぱく質合成のスイッチを入れるエムトールの活性が高まるのですが、ロイシンも動物性たんぱく質の方に比較的多く含まれます。実際に植物性、動物性それぞれのたんぱく質を一回摂取した後の測定では動物性の方が筋肉の合成速度がより高くなることが指摘されています。

動物性および植物性~ロイシン含有量

では動物性たんぱく質を摂った方が筋肉の合成を高められるということですか?

藤田先生

それが植物性、動物性の長期的な摂取で比較してみると筋量は大きくは変わらないという研究結果が出ています。ですから動物性のものだけを摂る必要はなく、むしろ動物性たんぱく質に偏ると脂肪を多く摂ることになり、糖尿病や心疾患のリスクが高まることも指摘されていますので、一般的には双方をうまく組み合わせることが大事かと思います。ただ、高齢者の場合などは摂り方に気をつけた方が良い場合もあります。

高齢の方はどういった点に注意が必要ですか?

藤田先生

例えば要介護の方などは活動量が少なくなって食べる量が減り、運動もしていないため、その分筋肉が少なくなってしまいます。その場合、食べられる量の中でできるだけ多くのロイシンを含む動物性たんぱく質を摂る方が筋量の低下を少し穏やかにできるかと思います。また、厳密なビーガン(動物性食品を摂らない主義の人)の方では、必須アミノ酸が不足気味になる場合があるので、様々な食材を組み合わせ、たんぱく質量を少し多めに摂る必要があるとの指摘もあります。

コラム 2大豆のたんぱく質と動物性たんぱく質を比べてみると?

最近では肉類の代用としても利用が増えてきた大豆のたんぱく質は、9種の全ての必須アミノ酸を基準値以上含み、その「アミノ酸スコア」は最高の100となります。これは肉類や卵、乳製品と同等ではありますが、筋肉の合成においては動物性のものに比べて大豆のたんぱく質は少し劣るのだとか(Sarah B Wilkinson et al. Am J Clin Nutr, 85, 1031-40, 2007)。その理由はどこにあるのか? 藤田先生によると、アミノ酸スコアは食品に含まれるたんぱく質の組成を評価したものであり、実際に体の中に吸収される量を示したものではないために違いが出るといいます。食品から摂取したたんぱく質は100%が消化吸収されるわけではありません。摂った量に対して実際にどれくらい体内で利用されるかを評価するDIAASという指標を用いると、動物性たんぱく質に比べ大豆はスコアが低いのです。そのため、同じように必須アミノ酸を含んでいても体内で利用される量が少なくなる、ゆえに筋肉の合成に差が生まれるということです。ただし、この差は1回の摂取で筋肉の合成を測った際にみられるものであって、健康のための毎日の食生活という観点で考えれば、大豆も筋肉合成に関わるロイシンが十分に含まれている良質なたんぱく質であることに変わりはありません。

高齢者ではたんぱく質の摂取が腎臓に負担をかける点が問題とされることがありますが、その点はいかがでしょうか?

藤田先生

たんぱく質の代謝において、腎臓では窒素の処理に働くため、その際に負荷がかかります。このため特に高齢者では摂り過ぎは良くないという話が出てきたわけです。しかし実はたんぱく質の摂取量が多い人でも腎機能が早く低下するというエビデンスはあまりなく、逆に高齢者でかつ糖尿病の方などの場合はたんぱく質の摂取量が少ないと腎機能の低下が加速するという指摘もあります。すでに腎機能が低下している方の場合は一定のたんぱく質制限が必要にはなりますが、あまり制限しすぎるとその悪影響が出てきてしまうので、例えば最近では透析患者さんでも一定量のたんぱく質摂取が必要といわれるようになっています。過去の研究データを再解析した研究でも、日本人の高齢者で、健常な方がサプリメント等ではなく食事の中でたんぱく質を積極的に摂ることにデメリットはほとんどないという結果が出ていますので、高齢者だからといって制限しなくて良いと私は認識しています。むしろそれを気にし過ぎてたんぱく質不足になることの方がおそらくリスクとしては高いと考えます。