エキスパートに学ぶ 第15回 骨格筋と健康

第15回

骨格筋と健康

力を生み出し、健康を保つ、
骨格筋の多彩な働き

立命館大学 スポーツ健康科学部
教授

藤田聡 先生

近年、アスリートに限らず積極的に筋肉をつけることへの関心が高まってきています。また、社会の高齢化とともに加齢による筋量の減少や筋力の低下を起こす「サルコペニア」が注目され、健康寿命を伸ばすためにも筋肉の維持が重要視されるようになりました。今回は身体を構成する重要な組織である骨格筋にスポットをあて、その役割や栄養・運動との関係について藤田聡先生にお話をうかがいました。

【藤田先生の研究について】
アスリートへのアプローチを介護予防に生かす

藤田先生が骨格筋の研究に携わるようになった経緯をお聞かせください。

藤田先生

もともとスポーツのパフォーマンス向上に興味があり、そこから運動生理学の分野に関わるようになりました。その中でパフォーマンスを高めるために、いかに筋肉を肥大させるかという課題に取り組んできました。いっぽうで高齢者の介護予防においては加齢に伴って筋量が減少するサルコペニア(JO Holloszy. Mayo Clinic Proceedings, 75, Suppl:S3-8; discussion S8-9, 2000)の防止が重要であり、筋肉の肥大に関する知見をそこにも生かそうということで、その両者の研究に携わるようになった次第です。

現在の研究内容について教えてください。

藤田先生

いかに筋肉を大きくするか、あるいは萎縮を防ぐかというアプローチにとっては、栄養摂取と運動の2点が大事であり、それらについて特にどんな栄養素が重要か、どのような運動をどれくらいの量や頻度で行ったら良いか等を明らかにしていく研究を進めています。

加齢に伴う筋肉量の変化

【骨格筋について】
骨格筋と生活習慣病との密接な関係

骨格筋は体を動かすための組織ですが、他にも何か役割を持っているのでしょうか?

藤田先生

筋肉は運動機能を担い、加えて糖脂質代謝の調節に重要な組織であるといえます。年をとるにつれて筋量が少なくなると日常動作に支障をきたすことが指摘されていますが、そればかりでなく、糖尿病や心疾患といった生活習慣病のリスクが上がることも報告されています(Shusuke Yagi et al. Diabet & Met Syndrome, 6, 27, 2014)。筋肉は食事で摂った糖質を取り込みグリコーゲンの形で貯蔵する働きを持っていますので、筋肉が少なくなることは食後の糖質を貯める貯蔵庫が小さくなってしまうことを意味します。すると糖質はどこに行くかというと肝臓で脂質に変換され、結果的に血中の中性脂肪値やコレステロール値の上昇を招くことになる。それがインスリン抵抗性と呼ばれる糖尿病を起こす要因につながっていくと考えられます。このような仕組みで筋肉の少ないことが糖尿病につながると指摘されていて、一般には肥満イコール糖尿病というイメージが強いのですが、実際のところ日本人の高齢者では痩せ型の人にも多いのです。

生活習慣病の予防のためにも骨格筋をつけておいた方が良いということですね。

藤田先生

韓国で30万人ほどを対象にした研究があって、全身の筋量と相関関係がある足の太さと糖尿病の発症リスクや中性脂肪値、コレステロール値との関係を調べたところ、足の細い人ほどそれらの値が高くなっているということが報告されています(Keum Ji Jung et al. J Epidemiol, 23, 329-36, 2013)。ですから、生活習慣病の予防という意味で筋肉をつけることが大事だと思います。いままでは、有酸素性運動といわれるウォーキングやジョギングが糖尿病の予防や改善のために勧められていましたが、近年はアメリカの糖尿病学会などでも筋力トレーニングを推奨するようになり、筋量の重要性に認識が高まっていると感じられます。
また、認知症についても筋肉の少ない高齢者の方には認知機能の低下速度が速いということが報告されています。その関連性など、明確なメカニズムは未だわかっていませんが、骨格筋から分泌される物質が脳細胞同士の接続を強めて認知機能を回復させることも報告されています。また筋量の少ない方は運動量が少ない場合が多いので、それが認知機能の低下につながっている可能性もあるかと思われます。

筋肉量の低下は糖尿病の発生リスクを増加

骨格筋で生まれ全身に作用する「マイオカイン」とは?

筋肉から分泌される物質が脳に作用するのですか?

藤田先生

骨格筋からマイオカインと呼ばれる生理活性物質が分泌されていて、これはホルモンのような形で働きます。筋肉でつくられて他の臓器に作用を及ぼす、あるいは筋肉自体に働く物質です。いまのところ、同定されているだけで200種類ぐらいあり、それぞれ働きが違います。例えばIL-6というものは、脂肪細胞に到達すると脂肪の分解を促進する、またイリシンというのは骨代謝、特に骨形成に関わっています。その中でBDNFというマイオカインは、前述したように脳細胞同士の接続を高め認知機能回復につなげるということが報告されています。そういった細胞、臓器同士のネットワークやコミュニケーションに関わっているという捉え方で、マイオカインは注目されるようになってきました。

骨格筋は体を動かすイメージですが、自ら物質を生み出して外部に作用するというのは意外です。

藤田先生

そうですね。まだまだ同定されていないマイオカインがたくさんあると思いますし、機能自体も明確になっていない部分も多いので、今後研究が進んでいく分野だと思います。マイオカインの分泌という意味でも、筋量が多ければ当然分泌されるマイオカインの量も増えますので、筋肉や他の臓器でのコミュニケーションを活性化させるには、やはり筋量を維持しておくことが非常に重要だと思います。

「量」だけでなく、「質」にも違いがある

筋量を保つ重要性についてうかがいましたが、筋肉の質というものはあるのでしょうか?

藤田先生

生理学の観点で局所的に筋肉を見ると、同じ太さの筋肉であれば、通常同じ力が発揮できるはずです。しかし、高齢者、あるいは肥満の人ではそれが落ちてくるということが報告されています。その理由として、筋肉細胞の中に脂肪が溜まっている状態になることが挙げられています。MRIを撮って筋肉の横断面を見ると、若い人に比べて高齢の方は、いわば霜降りのような感じで白くなっていることがあり、その状態では同じ量の筋肉を維持していたとしても、力を発揮できないと考えられます。これを筋肉の質の低下と見ることができるでしょう。筋肉での脂肪の蓄積によって糖尿病の要因となるインスリン抵抗性も起きてくると指摘されていますので、その意味でも質の低下といえます。

筋肉の断面図(霜降り状態)

筋肉の質を維持するあるいは改善するためには何が必要でしょうか?

藤田先生

いわゆる高脂肪食を摂ることにより肥満になると同時に筋肉の中の脂肪の量も増えますが、運動不足の状態でも脂肪が溜まります。筋肉中の脂肪は運動によって減らすことができますので、基本的には食事と運動の組み合わせによって改善できるものと思います。

コラム 1いわば筋肉工場のスイッチ「mTOR」をご存知ですか?

骨格筋は栄養摂取と運動によってつくられますが、その過程でエムトール(mTOR)という物質が働いています。これは酵素のようなたんぱく質の複合体であり、筋肉細胞を含む様々な細胞の中に存在しています。筋肉でのエムトールの役割はスイッチのようなもので、エムトールが活性化されることによって、たんぱく質合成のスイッチが入り、逆に活性が低くなればたんぱく質の合成が抑制されます。つまり、筋肉の合成はエムトールによってコントロールされているといえます。研究においても細胞の中のエムトールがどれくらい活性化されているかを評価することで、筋肉が盛んにつくられようとしているか否かを明確にできるのだといいます。
では、筋肉をつけるためにエムトールをどうやって活性化するか? そのアプローチはやはり栄養摂取と運動であり、たんぱく質の摂取や筋トレによって活性を高めることができるのです。

筋たんぱく質合成の制御