エキスパートに学ぶ 第14回 眼の病態と予防

第14回

眼の病態と予防

クリアな水晶体で維持する
人生100年時代の視力

慶応義塾大学薬学部
専任講師

中澤洋介 先生

治療の現在とこれから

現在、眼にはどのように治療が行われ、どこまで治せるようになってきたのか。
先ほどの緑内障、白内障、老眼について教えてください。

【緑内障治療】
薬と手術の両面で対応する緑内障治療

中澤先生

病気の治療においては、そこにマーカー(病状を示す物質等、指標となるもの)が発見できればそれを叩くような薬をつくればよいという筋道ができ、治療法の開発が進みやすいものです。
緑内障の場合、80年代くらいに「眼圧」がこの病気のマーカーだということが判明して以降、様々な点眼薬が開発されてきました。房水の産生を抑制するもの、あるいは排泄を促進するものなど異なるタイプの医薬品が生まれ、眼圧を下げる治療に使用されています。ただし、点眼薬だけでは十分な効果が得られない場合もあり、その際には手術治療が行われます。房水の流れる穴を広くしたり、新たに房水を流すバイパス通路を作ったりする手術になります。このように、緑内障には薬と手術の様々な治療選択肢があり、患者さんに合わせた治療が行われています。

さらに新しい治療の可能性はあるのでしょうか?

中澤先生

現状では緑内障で障害を受ける視神経を保護するような薬はまだありませんが、開発は進められており、今後期待されているところです。また、「正常眼圧緑内障」の患者さんに対しては、現在のところ眼圧が高い人と同じ薬を用いて進行を抑えているのですが、やはり眼圧が高い人と低い人で同じ治療でよいのかという点は議論になっています。近い将来には薬の差別化がなされると思いますが、難しいのは正常眼圧緑内障には治療の指標となるマーカーが判明していないという点です。言い換えれば疾患の特徴がわからないため、治療でどこを叩けばよいかが手探り状態であり、薬を開発するにも手を出しにくい領域になっていると思います。

【白内障治療】
「完成された手術」に残る、再発の不安

中澤先生

白内障には病状の進行を遅らせる点眼薬もありますが、治療の中心は外科的手術となります。白内障手術は今では「完成された手術」と呼ばれるほどに確立し、最近は多くの方が日帰りで行うようになってきました。日本や欧米など先進国では全手術の中でトップの件数であることがその普及を物語っているでしょう。この手術は混濁した水晶体を取り除き、そこに眼内レンズという人工のレンズを挿入するもので、濁っていた部分が透明なレンズに代わりますので、患者さんはクリアな視界を取り戻すことができます。

白内障は手術治療によって克服されたと考えていいのでしょうか?

中澤先生

手術で回復した場合でも、その後「後発白内障」になってしまうことがあります。これは手術時に残った水晶体上皮細胞が眼内レンズを足場にして増殖することが原因で、白内障手術後5年で約20%の患者さんに発症することが報告されており、その場合再度手術を受けることも多くあります。80歳でほとんどの人が白内障になるという話をしましたが、100歳まで生きるとすれば80歳で手術をしても、その後もう1回あるいは2回の手術が必要になるかもしれません。

そこで起きる問題として、手術を繰り返すとチン小帯という水晶体を支えている糸のような組織が弱くなってしまうことが眼科医から指摘されています。ですから、複数回の手術はできれば避けた方がよい。とすれば、白内障に罹患する年齢を延ばすことが大切であり、仮に全員が白内障になる年齢を100歳まで延ばすことができれば、かなりの人が自分の水晶体のまま寿命を全うできますし、少なくとも1回の手術で済ませられることになります。そのためには、白内障の進行を遅らせられる新薬も重要になってくると思います。

自分の水晶体を長く持ち続けることには意義があるということですね。

中澤先生

そうですね、ポイントはもう一つあります。水晶体は光による酸化に対抗するため、内部にグルタチオンやアスコルビン酸といった抗酸化物質を多く蓄えています。これは自身を酸化から守るためだけだと考えられてきましたが、周囲の組織である角膜や網膜、硝子体に強い酸化ストレスがかかるとこの抗酸化物質を放出し、酸化から守っている。つまり、水晶体は周囲の組織に使われる抗酸化物質のプールになっているといわれ始めています。このことから、水晶体を維持することは眼全体のためにも大切だといえます。

【老眼治療】
治療ニーズの高まりが促進する老眼への新薬

中澤先生

老眼には老眼鏡を用いるのが一般的ですが、遠近両用のコンタクトレンズも使用されるようになってきました。それ以外の対処法として外科的手術があり、現在主に2種類が行われています。一つは白内障と同様に水晶体を取り除いて眼内レンズを挿入するもので、その際「多焦点レンズ」といって遠くを見る円と近くを見る円に分かれた構造のレンズを入れることで、老眼に対応するというものになります。しかし、水晶体はとりたくない、老眼だけを治したいという方の場合は、角膜の中に小さな穴の開いたリング状のフィルムを埋め込む手術を行います。例えばテレホンカードの小さな穴から覗くと黒板の文字が良く見えたという経験をされた方も多いと思いますが、これは細い光が水晶体に入ってきた場合、合わせられる焦点の距離(焦点深度)が長くなって、遠くがよく見えるというピンホール効果によるものです。この効果で近くもよく見えるようになり、老眼を改善することができます。

老眼に対する薬物治療はいかがでしょうか。

中澤先生

現在の日本ではまだ老眼に適応のある医薬品はありませんが、アメリカではすでに、老眼点眼液としていくつかの医薬品がFDAの認可・適応が取られています。現在承認・適応されている医薬品の主成分は、水晶体に作用するものではなく、虹彩を収縮させることで焦点深度を深くして、近くも遠くも見えるようにするというもので、前述の角膜手術と同じ効果を狙ったものといえます。これはもともと緑内障の薬ですが、FDA(アメリカ食品医薬品局)により老眼への適応拡大が認められており、老眼への適応拡大が認められています。

日本で老眼の薬が登場する可能性はありますか?

中澤先生

それは現段階では未知数の部分です。というのも、日本では老眼は単なる加齢変化であり病気という認識が薄かったことで、予防や治療に対する国民のニーズはあまり高くなく、基礎研究もまだまだ足りていない状況です。

これが変化して老眼を病気としてとらえ、治そうというニーズが高まってくれば、国としても研究費をつぎ込み、医薬品開発を促進していくでしょう。新たな動きとしてつい最近、老視学会が立ち上がり、第一回目の総会が2023年1月に行われました(大会長:根岸一乃教授 慶應義塾大学医学部眼科学講座)ので、今後は学会を含めて私たちも頑張っていかなくてはならないと考えています。

老眼の治療に取り組むことは、他の眼疾患との関わりの上でも意義があるのでしょうか?

中澤先生

老眼を引き起こす水晶体の弾性度低下は、抗酸化能の低下が招くもので、白内障と原因を同じくするものであり、老眼は白内障の前段階、前駆症状であるという考え方が一般的になってきています。ですから老眼の治療はその先の白内障の発症を遅らせるためにも意義が大きいといえます。

コラム 2水晶体に効く点眼薬はつくりにくい?

老眼や白内障の原因となっている水晶体の硬化や変性。しかし、水晶体への点眼薬は現在のところ多くは存在しません。これは水晶体に薬の成分を届ける難しさがあるためと中澤先生はいいます。水晶体に薬を届けるためにはまず、角膜を通る必要があり、そのためには角膜の脂の層に溶けやすいこと、つまり脂溶性であることが必要になります。そして角膜の次には房水が待っていますが、ここを通るには今度は水に溶けやすいことが求められます。この2つの層を通過してやっと水晶体に届くわけですが、そこにたどりつくのは点眼された成分の0.1%あるいは0.01%ともいわれるくらいの少ない量だといいます。ですから水晶体に効く薬をつくるには十分な濃度で届けるという課題を克服しなくてはいけません。そのための工夫として、成分をごく小さくナノ化したり、初めは脂溶性で角膜を通過すると代謝されて水溶性になったり、といった製剤上の試みが進められています。もし十分な濃度で有効成分が届けられるようになれば、白くなり始めた水晶体を薬で透明に戻せるような時代が訪れるかもしれません。