エキスパートに学ぶ 第13回 冷凍の科学

第13回

冷凍の科学

冷凍食品のめざましい進歩を支える氷点下の
サイエンス

東京海洋大学 産学・地域連携推進機構
サラダサイエンス寄附講座 特任教授

鈴木徹 先生

【劣化の原因と防止】
袋の中でも乾燥が進んでしまう、冷凍保管の落とし穴

冷凍食品やホームフリージングしたものは、時間が経つと冷凍焼けで変色したり嫌な臭いが出たりしますが、これはなぜでしょうか?

鈴木先生

その原因のほとんどは保管中の乾燥といえます。冷凍焼けは食材の中の水分、つまり氷が昇華する、水蒸気になってしまうことで起きています。本来、食品の水分は脂質やたんぱく質をカバーして保護する役割を担っていますが、それが失われてしまうと、むき出しになったところに酸素がアタックし、酸化反応を起こしてしまいます。変色しパサパサになった冷凍焼けの状態はこうして起きているのです。またデンプン質のものは乾燥が進行すると、中の水分が抜けて、デンプン同士がくっ付いて戻らなくなってしまう現象が起きます。うどんなどの冷凍麺が保管中に白っぽくなって固くなり、食べる時の食感が悪くなるのはそのためです。

劣化の原因となる乾燥はなぜ起きてしまうのでしょうか?

鈴木先生

冷凍庫の中の湿度が低いために、食品から水分が蒸発するわけですが、これは庫内の温度を下げる原理により起きています。冷凍庫の奥には熱交換器によって冷やされたフィンがあり、そこに空気を通して循環させることで庫内の温度を下げています。そのフィンに触れると空気中の水分が結露し霜になる。つまり、水分をとられてしまい、乾いて冷えた空気が庫内を巡ることになります。これを繰り返しているために、乾燥が進み、当然食品の水分も失われてしまいます。しかし、むき出しではなく、パッケージングされている食品なら、庫内が乾燥しても影響しないのでは? と思われるかもしれません。ところが、その場合でも乾燥が起きるのです。

密封している食品も乾燥してしまうのはなぜですか?

鈴木先生

袋の中に入れた食品の乾燥は、袋の内外で生じる温度差によって起きてしまいます。例えば、冷凍庫を開け閉めして温度が上昇すると、庫内では温度を下げるように働きます。そうして庫内が再度冷やされると食品を入れた袋の内部は相対的に温度が高くなって温度差が生じます。すると温度の高い食品から氷の水分が蒸発して袋の内側に付着してしまうのです。劣化した冷凍食品の袋の内側は霜だらけになっていますが、まさにあの状態です。一度蒸発した水分は食品には戻りませんので、これを繰り返していくと食品表面からは水分が失われ続けてしまうわけです。

食品パッケージの内側に霜がつくメカニズム

「美味しい冷凍研究所」HPより(監修:鈴木徹先生)

冷凍庫内の食品を乾燥から防ぐ対策を教えてください。

鈴木先生

その方法には2つあり、1つは食品個々の温度変動を抑えることです。食品が外の温度変化に影響されないよう断熱材で包んだり、ラップを2重3重に巻いたりしておく。あるいは冷凍食品をぎっしりと固めて詰めておく、といった方法で庫内の温度変動の影響を受けにくくできます。もう1つは、庫内の温度をもっと低くすることです。家庭用の冷凍庫は-18℃ベースで設計されていますが、これを-40℃くらいに下げれば乾燥のスピードが極めて遅くなります。ただし、家庭用のものではそこまで温度を下げられず、可能でも電気エネルギーが相当かかりますので、実際には難しい面があります。

冷凍食品のおいしさを保つには、保管に気をつけることが重要なのですね。

鈴木先生

前述のように、食品の冷凍では急速冷凍が注目されがちですが、凍結の速さはさほど食品の品質に影響を及ぼさないというのがこれまでの研究から導かれる見解です。冷凍食品や冷凍した素材が劣化するのは7割近くが保管に起因するものと考えています。

【解凍のヒント】
酵素を抑え込めば、食材の良さが引き出せる

冷凍された食材を上手に扱うコツを教えていただけますか?

鈴木先生

解凍方法に気をつけることが大切です。ただし、食材によって千差万別で一概にはいえないものですから、例を挙げて説明しましょう。まず、冷凍マグロの場合。これは私自身が解凍の重要性に気づかされた食材ですが、非常に良い状態で船上凍結された冷凍マグロの柵(切り身)を解凍するにはどうしたらよいか。一番いけないのが電子レンジでの解凍です。一部分が高温になり、煮えて白くなるなどしてせっかくの高級食材が台無しになってしまいます。流水ではどうでしょうか? 直接水がかからないように袋に入れ、流水に当てるのですが、中心部が解凍するまでの間、表面は流水の温度にさらされて上昇します。すると、マグロは生ものですから、酵素が働いて変色したり、臭いが出たり、さらに死後硬直が起きて収縮し、身に含まれる体液(ドリップ)が出てしまうなどで、おいしく食べることはできません。そこで色々と工夫を重ねた結果、最も良い結果が得られたのが、袋に入れて氷水に浸ける方法です。これであれば、表面温度は0℃でキープされ酵素反応が起きにくいので、変色も臭いもなく非常に良い状態で解凍できます。

冷凍マグロを袋に⼊れて氷⽔に浸ける解凍⽅法

解凍に氷水とは少し意外ですが、その方法は他の食材にも応用できますか?

鈴木先生

マグロで発見したこの方法について、他の食材で試してデータをとってみましたが、生もので、食べる際に加熱しない食材では、このパターンでいけると思います。マグロ以外の魚類、あるいは果物などにも適しているでしょう。

0℃での解凍ならば、チルド室に入れる方法でも同じでしょうか?

鈴木先生

確かに温度としては氷水もチルド室も変わりませんが、大きく違う点があります。水と空気では20倍くらい熱の伝わり方が違うのです。サウナを想像するとわかりやすいですが、100℃近くてもサウナなら入ることができますが、これがお湯だったらとても無理ですね。ですからチルド室の空間ではマグロに熱を伝えにくく、解凍に半日以上かかってしまい、その間に劣化する可能性もありますので、より早く解凍できる氷水の方が望ましいでしょう。

加熱して食べる食材の解凍についてはいかがでしょうか?

鈴木先生

酵素が働く生の食材の場合、調理して食べるのであれば常温に戻さない方が適している場合があります。例えばステーキ肉は、最終的に焼いて食べるのですからわざわざ常温に解凍せず、凍った状態からいきなり焼けばいいという話です。そうすることで、酵素が働く温度帯を一気に通過させ、その影響を避けることができるのです。カチカチのお肉をプライパンに入れて火にかけ、フタをして2〜3分焼くと焼き目がつきます。もう片面も同様に焼いて、あとは数分余熱で温めれば非常に良いミディアムレアのステーキができあがります。食材によって異なりますが、一度常温に解凍しなければいけないという意識を変えることも大事ですね。

解凍時の温度履歴と注意すべき温度帯

【システム冷凍】
冷凍された食品の品質は、食べるまでの過程の掛け算で決まる

食品の冷凍について伺ってきましたが、単に凍結の方法だけではなく、その前の処理や解凍の重要性もわかってきました。

鈴木先生

素材の前処理や保管中、あるいは解凍時をトータルで考え合わせることが必要であり、それを「システム冷凍」という概念でとらえています。食品の冷凍はシステムで考えないと良い品質の製品は供給できないということです。この考え方を数式にすると以下のように示されます。
品質は、各過程における劣化度の掛け算であり、足し算ではありません。そのため、もしどこかの過程がゼロになってしまうと、品質自体がゼロになってしまうのです。

最後に、冷凍食品の開発において、株式会社林原(現ナガセヴィータ)のような食品原料メーカーが貢献できることがあれば伺えますでしょうか。

鈴木先生

冷凍食品を一般向けに販売しているようなメーカーでは、なかなか基礎的な研究を行うのは難しい面があります。その部分の「フードサイエンス」を支えているのが原料メーカーなんだろうと思います。冷凍時の食品劣化のメカニズムにおいて糖やたんぱく質がどのような効果を及ぼすかについても、意外に未知の部分が多く残されていますので、基礎研究を継続していただくことで新たなブレイクスルーが生まれるのではないかと大いに期待しています。

広く普及している冷凍食品には、基礎研究に始まって調理から食べるシーンまでを考えた工夫など、様々な努力の成果がつまっていることがわかりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

取材日:2022.8.8

鈴木徹 先生

東京海洋大学 産学・地域連携推進機構
サラダサイエンス寄附講座 特任教授

略歴

1981年
日本酸素株式会社 入社
1988年
東京水産大学 水産学部 助手
1996年
東京水産大学 水産学部 助教授
2004年
東京海洋大学 海洋科学部 教授
2019年
東京海洋大学 産学・地域連携推進機構 サラダサイエンス寄付講座 特任教授