エキスパートに学ぶ 第13回 冷凍の科学

第13回

冷凍の科学

冷凍食品のめざましい進歩を支える氷点下の
サイエンス

東京海洋大学 産学・地域連携推進機構
サラダサイエンス寄附講座 特任教授

鈴木徹 先生

【冷凍食品の進歩】
ブランチング、菌コントロール…
冷凍食品普及の裏側で進められてきた研究開発

近年の冷凍食品の品質向上には目を見張るものがありますが、そこにはどのような進歩があるのでしょうか?

鈴木先生

これは冷やす技術自体よりも、素材の側での工夫による面が大きいといえるでしょう。例えばブロッコリーなどの野菜類は調理用にカットした素材が販売されていますが、ああいったものは生の野菜をそのまま冷凍したのではなくて、ブランチングといって予備的に加熱する操作を行った上で冷凍しています。もし生のままで冷凍すると、たとえ冷凍保管の目安である-18℃の中でも、短時間で色が変化し、さらに解凍時には変色が進み、不快な臭いも出てしまいます。これは、野菜の中に含まれる酵素の影響によるもので、冷凍中も酵素による劣化が進み、さらに常温解凍する際に活性化して劣化を早めてしまうのです。ブランチングは、この酵素の作用を抑えるために行うもので、加熱により酵素は失活し、保管時も、解凍しても良い状態を保つことができるのです。以前から用いられてきた方法ですが、昔はブランチングで過剰に加熱してしまって解凍時にフニャフニャになってしまうような例も見受けられました。それが、最近は非常に厳密な温度コントロールを行い、加熱後はすぐに冷却するといった工夫を重ねて、解凍時の品質向上を実現しています。

食生活における「冷凍」に関する言葉の使い分け

  • 冷凍食品

    産業・商業取引上の名称。冷凍食品協会、国際的基準、下記の4条件を満たしたものを冷凍食品として扱う。

    • 予備的処理、調理した食品
    • 急速凍結した食品
    • -18℃以下にキープしたもの
    • 消費者用包装を施したもの

    食品衛生法上では、-15℃以下で保存された食品と規定されている。

  • 冷凍物

    マグロ、水産物、原料として冷凍状態で流通されているもの。

  • 家庭で冷凍したもの

    ごはんや肉の冷凍など(呼び名はない)。

食品冷凍の基本原理

加熱処理(ブランチング)アスパラガスの冷凍貯蔵2週間後
解凍品の色調の違い

ブランチング処理を行わないと、解凍後に明らかな変色が認められます。

調理済みの冷凍食品ではいかがでしょうか?

鈴木先生

お弁当用に常温解凍でそのまま食べられる食品が多く出回っていますね。あまり表立って知られていませんが、あのような製品は微生物学的な工夫がなされています。お弁当箱の中というのは、温かいご飯と一緒に詰められていたりして、実は菌が繁殖しやすい、その意味で非常に劣悪な環境といえます。そんな環境にあっても菌を増やさないよう、非常に厳密なコントロールがなされているのです。それは、食品に何かを添加するのではなく、まず調理前の素材の段階で持ち込まれる微生物を徹底的に排除し、加工のプロセスでも工場を無菌の状態におくことで、凍結前の段階で菌を極限まで減らしています。一つのハンバーグやコロッケにも、メーカーは相当な努力をされているのです。ですから、ご家庭で調理し冷凍した食品を同じようにお弁当箱に入れて常温解凍させるのは、菌の増殖という面でリスキーだと思います。

アイスクリームの中に、氷が成長する宇宙がある

冷凍といえばアイスクリームなどの氷菓の分野では、製法や成分にどんな工夫をしているのでしょうか?

鈴木先生

アイスクリームの中には氷の粒が存在するわけですが、それが小さければ滑らかな口あたりに感じます。ところが、保管状態によって、例えば-5℃といった劣悪な環境に置いてしまうと、氷結晶が目に見えるほど、1ミリくらいに大きくなり、ザラザラな食感になってしまいます。これを防ぐために氷結晶をいかに小さく保つか、そのためには常に-20数℃でキープできればよいのですが、物流がそこまで徹底できていなかったり、家庭の冷凍庫でも扉の開け閉めによって、どうしても温度が上がってしまいます。そこで、そのような状況でも氷結晶を大きくしないような商品設計が進められてきました。その際に使用されるものの一つにトレハロースが挙げられ、これを混ぜることで氷結晶の成長を阻害する働きが得られるのです。

氷結晶粒の成長、凝集のモデル

たとえ温度が上がっても氷の粒を大きくしないための工夫がされていたのですね。

鈴木先生

氷結晶が徐々に大きくなっていくのは、当たり前のことに感じるかもしれませんが、そのメカニズムは意外に解明されていないのです。これまでの研究でわかってきたのは、アイスクリームを顕微鏡で見てみるとそこには何十ミクロンといった小さな氷とそれよりも大きな氷が混在しています。そして、時間の経過とともに、小さな氷から大きな氷へと水分が移行する。それによってさらに氷が大きくなっていくというプロセスがみられます。水分が移行するといいましたが、氷同士は離れているので小さな氷から水の分子が離れてウロウロしながら大きな氷にたどり着くという動き方をします。いわば宇宙空間で星と星の間を移動しているようなイメージで、その間には糖や脂、また気泡などが存在しますが、トレハロースの効果はそこで発揮されます。動き回る水分はトレハロースに近づくと引き寄せられ、動きを止められます。これにより、氷の成長に必要な水分の集合が妨げられ、大きな氷ができにくくなるというわけです。

冷凍レタスでシャキシャキ感が復元できない理由

食材の中でも、野菜の冷凍は難しいというイメージがありますが、実際にはどうなのでしょうか?

鈴木先生

なぜ、野菜の冷凍が難しいといわれるのか。それは食材に対して食べる側が何を多く求めるかということの反映かと思います。味、食感、栄養と食材ごとに求めるものは違いがありますが、生野菜には歯ごたえ、シャキシャキ感を求めようとするものです。これが冷凍によって一番失われやすい性質のため、難しいとされているのだと思います。野菜の歯ごたえが失われてしまうのは、細胞組織のつくりと関係しています。野菜も肉も冷凍、解凍により細胞の膜が破壊されます。肉の場合は細胞の中に筋肉の繊維がつまっていますので、たとえ細胞の膜が壊れていても肉の弾力は残り、歯ごたえが復元されます。しかし、フレッシュな野菜の場合、細胞の内側はほとんどが水分で、水圧でパンパンになっていた細胞が壊れてしまうと、その水圧の張りがなくなって、もとの状態には戻れません。一方、豆類やイモ類は解凍しても歯ごたえをキープできます。これは、細胞の中にデンプンがつまっていて、細胞膜が壊れてもその中身を感じることができるためです。

野菜を冷凍する難しさは、歯ごたえの復元にあったのですね。

鈴木先生

そうですね。この点は非常に難しく、解凍してもシャキシャキしたレタスというのは前人未踏の領域で、まだ誰も成功していません。ただし、歯ごたえ以外に目を向ければ栄養も、色も変化させることなく復元できますから、レタスであればチャーハンに入れたり、スープに入れたりと、調理して食べるなら冷凍したものでも何ら問題はありません。