

第11回
持続可能な社会の創造
「人類と地球の健康(プラネタリーヘルス)」
を軸に考える、持続的な共存への道
岡山大学 上席副学長 特命(グローバル・エンゲージメント戦略)担当
横井篤文 教授
【SDGsの広がりと意識改革】
持続的共存の世界観を共有して、それぞれのSDGsを
SDGsという言葉がメディアを中心に急速に広まってきたことをどう見ていますか?
SDGsを推し進めるには個人個人が自分事として捉えることがまず必要かと思います。個人の意識改革には具体的にどのような方法があるでしょうか?
横井先生
個人の意識改革は、あくまで一人の人間に求めていくやり方と組織の中での意識改革という2つの方法があると思います。ここでは前者について触れますが、そこには2つのポイントがありまして、まず世代ごとの違いを考慮すること。ミレニアル世代(1980年代〜2000年代初頭生まれ)やZ世代(90年代後半〜2010年頃生まれ)と呼ばれる若年層は「SDGsネイティブ」と表現されます。環境問題や社会課題に関心を持ち、積極的に解決しようという意識や考え方をもつ世代です。従って、SDGsに関しては逆に年上の世代の方が勉強しないといけないかもしれない。全世代に押し並べて意識改革を同様に求めるのは少し見当違いかもしれません。また世代ごとでも感度にばらつきがありますので、ターゲット層を認知度の度合いに沿って戦略的に進めていく必要があります。
個人の意識改革は「システム思考」と「デザイン思考」で
横井先生
個人にとってもう1つ大切なのは「システム思考」と「デザイン思考」という考え方です。SDGパートナーズ代表取締役CEOの田瀬和夫氏による著書『SDGs思考-2030年のその先へ 17の目標を超えて目指す世界(インプレス出版)』でこの二つの思考法の意義について述べられていますが、システム思考は1つの事象が地球規模の様々な課題に繋がっていることに気づかせてくれる思考方法です。私は身近な事例でラーメン1杯のつゆのお話をよくします。ラーメンを食べて、そのつゆを飲み干さずに捨ててしまうとしましょう。これを水で薄めて生き物が生存できるレベルにするには、どのくらいの水量が必要か?答えは1トンです。これは環境という軸でとらえた場合のアプローチですね。しかし、他に経済や社会という軸で考えると、ラーメンは全世界に広がって経済力を持ち始めていますし、自分の健康という社会側面を考えるとつゆを飲まない方がよいかもしれない。健康のために残せば1トンの水が要る、これを全世界にあてはめて、かけ算をすれば水問題に直面してくる。という風に連鎖的に広がりをもった思考方法がシステム思考であり、SDGsを理解すれば、環境、経済、社会を統合的に考えられるようになること、さらにラーメン1杯といった身近なことをSDGsの課題として考えられるようになることの2点で人の意識に強く作用する思考法といえるでしょう。
そしてデザイン思考は、まず「ありたい未来」を先に考え、バックキャスティングして現在からそこに向かっていくプロセスです。田瀬氏も触れているクルマの例で話しますと、現在の課題は環境性能や安全性などであり、その解決はエコカーの追究やIT化、自動運転などでアップグレードしていく方法があります。いわば対処療法的な帰納法の考え方です。しかしそれはクルマに乗るという前提であって、デザイン思考ではそう考えない。ありたい未来としてクルマに乗らなくてよい社会を構想し、そこから現在を考えていくのです。クルマをなくすためにはどんな方法があるのか、どんな社会にすればよいのかと考える。このような未来を起点とした思考プロセスがデザイン思考であり、SDGsを達成するための個人の意識改革に取り組む上で大切な考え方といえるでしょう。
そして、これら2つの考え方を両方併せ持つことがポイントです。ありたい未来を構想しながら、現在の課題をとらえて統合的に環境・経済・社会をシステミックに考えていく。そうした個人の意識改革が必要です。
最後に林原(現ナガセヴィータ)のような食品メーカーに期待されることをお聞かせください。
横井先生
冒頭にお話しした岡山大学のSDGs大学経営で「オープンイノベーション」について触れましたが、20世紀に解決できずに残された地球規模の課題は、個別の取り組みでは解決できない複雑なものばかりであるからこそ残っているとも言えます。ですから、その複合的な課題に取り組むには、多様な連携によるオープンイノベーションが必要となりますよね。食料システムの課題である農林水産業の生産性向上と持続性の両立に関しても、新たな展開のシーズが求められています。その時、林原(現ナガセヴィータ)のようなバイオテックファームの視点に期待するところは大きいですね。そうした意味で、現在進めている林原(現ナガセヴィータ)と岡山大学で連携した取り組みも大変魅力的に感じています。例えばフードロス問題について、実はトレハロースが食品を長持ちさせる効果を発揮することが顕在化してきたように、今日的課題に直結する新たなシーズの創生に期待しています。
「持続可能性」を自身の問題として考えていくために、示唆に富んだお話をいただくことができました。本日は誠にありがとうございました。
ナガセヴィータのサステナビリティへの取り組みは、こちらをご覧ください。
取材日:2021.7.27
横井篤文 教授
岡山大学 上席副学長 特命(グローバル・エンゲージメント戦略)担当


略歴
日本、米国、オランダ、南アフリカに在住し、建築・都市計画・持続可能な開発を学ぶ。大手建設会社勤務、欧州留学、在外研究、社会イノベーションと国際教育に関する財団設立等を経て2015年岡山大学上級グローバル・アドミニストレーターに着任。2017年副理事(国際担当)、2018年副学長(海外戦略担当)を経て2021年4月より現職。その他、ユネスコチェアホルダー、地球憲章国際審議会委員をはじめ、世界経済フォーラムで発足宣言された世界190ヶ国以上のユースが集う次世代リーダー・グローバルサミット「One Young World」日本委員・理事などの国際的な要職も務める。2020年12月、国連平和大学内に設置されている地球憲章国際本部(Earth Charter International: ECI)より、地球憲章のグローバルな活動に貢献した人に贈られる「Certificate of Recognition」を受賞。
慶應義塾大学大学院・メディア研究科修士課程修了。オランダ・デルフト工科大学建築学部大学院都市工学科(Urbanism)専攻修士課程修了(M.Sc.)。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻(都市環境システム)博士後期課程単位取得満期退学。南アフリカ・ケープタウン大学アフリカ都市研究センター(ACC)客員研究員。英ケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)エグゼクティブ・プログラム Sustainability Practitioner Program 修了。オランダ政府公認都市計画家資格(Stedenbouwkundige)取得、一級建築士。2021年米ハーバード大学T.H. Chan公衆衛生大学院エグゼクティブ教育サステナビリティ・リーダーシップに選抜、同年9月より先端のSDGs経営にかかるプログラムに参画中。
横井先生
この点は「認知度」と「理解度」に分けて考えてみるとよいでしょう。広まること自体は認知度を高めますので、基本的には良いことと私は考えます。ただし、それに応じて理解度が深まっているかを見ていくことが大切です。もし、理解度なくして認知度だけが上がってしまうと、企業ではいわゆるSDGsウォッシュと呼ばれるような、SDGsに取り組んでいるように見せかけて短期的な目先の利益に走ってしまう可能性がありますし、経営層が正しく理解していなければ従業員一人ひとりの理解も進まないでしょう。また、地域や個別の状況に応じたSDGsの解釈や目標設定、つまりローカルSDGsが企業や自治体等にとって重要ですが、これを可能にするのも理解度があってこそといえるでしょう。
では、理解度を上げるにはどうしたらよいかといえば、SDGsの世界観を共有することだと思います。ホモ・サピエンスが20万年以上かかって初めて具体化した世界共通のテーマともいわれる「持続的な共存」を共有し、それぞれの場でローカルSDGsを進めてほしい。これをフィギュアスケートで例えるなら、SDGsの目標スコアをクリアするのは規定演技で得点を上げるのと同じです。しかしそれはあくまで通過点であって、それぞれの地域や組織が描きたい理想とビジョンやミッションを掲げ、それに向かって各目標に対する貢献を果たしていくという「自由演技」を進めることこそが重要です。つまり、2030年のその先へ向かって、自由演技が求められているともいえます。そのための規定演技(SDGs)と考えるとよいでしょう。4回転ジャンプなのかスピンなのか、それは自由演技で描きたい世界観を共有することから始まると思います。